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1-20:休めない“空気”


第1-20-1話:生産性の“罠”

 

『ワンチーム』の導入以来、テックフォレストの生産性は、劇的に向上した。

無駄な会議はなくなり、情報はスムーズに共有され、単純作業は自動化された。

 

しかし、その効率化が、皮肉にも、新しい問題を生んでいた。

 

深夜0時。

高橋は、ベッドの中で、スマートフォンの通知音で目を覚ました。

仕事のチャットグループで、誰かが新しいアイデアを投稿したのだ。

それに、別の誰かがすぐに返信する。

議論が始まり、通知が鳴りやまない。

 

休日でも、お構いなしに仕事の連絡が飛び交う。

「いつでも、どこでも仕事ができてしまう」という便利さが、逆に、「いつでも働かなくてはならない」という、見えないプレッシャーを生み出していた。

 

効率化されたはずなのに、なぜか、心と体が休まらない。

オフィスには、そんな「休めない空気」が、静かに蔓延し始めていた。


第1-20-2話:静かな時間(クワイエット・アワー)

マネージャーの佐藤は、チーム全体の労働時間や休暇取得率を示す『ワンチーム』のレポートを見て、眉をひそめていた。

数字の上では問題ない。

しかし、チャットのログは、深夜や休日にまで、活発な活動が続いていることを示していた。

 

彼女が、どうしたものかと思案していると、システムから、新しい提案が届いた。

 

『インサイト:チームの生産性は向上していますが、業務時間外の活動率が推奨値を超えており、従業員の燃え尽きリスクが増加傾向にあります』

『提案:新しいチーム機能「クワイエット・アワー」を有効にしますか?』

 

説明を読むと、それは画期的な機能だった。

チームで設定した業務時間外(例えば、夜10時から朝8時までと、週末)に送信された、緊急性の低いチャットや通知は、相手にすぐには届かない。

システムが一時的に預かり、翌営業日の朝に、まとめて配信するというのだ。

 

それは、テクノロジーの力で、あえて「繋がらない時間」を強制的に作り出す、という、逆転の発想だった。


第1-20-3話:本当の“豊かさ”

 

「クワイエット・アワー」が導入された最初の週末。

高橋は、自宅で、久しぶりにゆっくりと読書をしていた。

隣のテーブルには、スマートフォンが置いてある。

だが、それは、不気味なほど静かだった。

 

最初は、少しだけ不安だった。

何か、緊急の連絡を見逃しているのではないか。

だが、その静寂に慣れると、心が、驚くほど穏やかになっていくのを感じた。

 

月曜日の朝。

出社したチームのメンバーたちの顔は、どこかスッキリとしていた。

 

「週末、チャットが鳴らないって、最高ですね!」

 

「頭がリセットされた感じがする」

 

「仕事のアイデアも、逆に湧いてきました」

 

彼らは気づいたのだ。

本当の生産性とは、四六時中働くことではない。

しっかりと休み、心と体をリフレッシュさせ、そして、業務時間内に、最高の集中力で仕事に取り組むことなのだと。

 

佐藤は、活気を取り戻したオフィスを見渡しながら、静かに微笑んだ。

システムがチームに与えてくれた、最後の、そして最高の贈り物。

それは、「何もしない時間」という、本当の豊かさだった。

 

テックフォレストの、優しくて、ほんのり温かい物語は、こうして一つの区切りを迎えた。

しかし、彼らの日常は、そして、この賢くて優しいシステムが変えていく世界は、まだまだ、始まったばかりである。