第1-19-1話:良かれと思った“近道”

新しい機能の開発で、高橋は少しだけ、納期に追われていた。
「ああ、この部分、自分で作るより、外部のライブラリを使った方が、断然速いな」
彼は、世界中の開発者が利用している、評価の高いオープンソースのプログラム部品(ライブラリ)を見つけ、自分のコードに組み込んだ。
おかげで、開発は驚くほどスムーズに進んだ。
まさに、賢い「近道」だった。
彼は知らない。
その便利なライブラリには、ごく稀な条件下で、外部からシステムに侵入されてしまうという、致命的なセキュリティ上の欠陥(脆弱性)が、隠されていることを。
彼の書いた、一見すると完璧なコードの中に、見えない「時限爆弾」が、静かに設置された瞬間だった。
第1-19-2話:静かなる“番犬”

高橋が、順調に進んだ作業に満足し、コーヒーを一口飲んだ、その時だった。
彼のPC画面に、『ワンチーム』から、彼だけに見える、控えめな警告通知がポップアップした。
『セキュリティ・インサイト:現在使用中の外部ライブラリ「FastConnect ver 1.2」に、未対応の脆弱性(CVE-2025-XXXX)が報告されています』
高橋は、心臓が凍る思いがした。
警告は、パニックを煽るようなものではなく、極めて冷静に続いていた。
『リスクレベル:中(特定の条件下でのみ発生)
推奨アクション:より安全な代替ライブラリ「SecureLink ver 3.0」への差し替えを推奨します。
差し替えのための、コード修正案を添付します』
それは、大声で吠えたてる番犬ではない。
問題が起きてから騒ぐのでもなく、問題が起きる前に、主人の耳元で「ご主人様、あそこに、怪しい匂いがします」と、静かに、しかし的確にささやく、賢い番犬のようだった。
第1-19-3話:未然に防ぐ“優しさ”

高橋は、背中に冷たい汗を感じながらも、すぐに佐藤に報告した。
『ワンチーム』が提示した修正案は完璧で、彼は数時間のうちに、問題のライブラリを、安全なものに差し替えることができた。
誰にも、何も被害が及ぶ前に。
佐藤は、安堵のため息をついた。
もし、このシステムがいなければ。
もし、この脆弱性が、悪意のある誰かに発見されていたら。
考えただけで、ぞっとする。
彼女は、高橋を責めることはしなかった。
「高橋くん、ありがとう。
気づいて、すぐに対応してくれて。
このシステムは、私たちを失敗させないためにあるんじゃなくて、私たちが気づけないところで、私たちを守ってくれるためにあるのね」
高橋も、静かに頷いた。
システムがもたらしたのは、単なる警告ではない。
誰にも知られることなく、誰のプライドも傷つけることなく、問題を未然に防いでくれる、先回りの優しさだった。
チームは、また一つ、見えない力に守られていることを知った。
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