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1-17:過剰な“競争心”


第1-17-1話:“一番”になりたい男

 

 株式会社テックフォレストのチームに、新しい中途社員が配属された。

葉山(はやま)というその男は、誰もが認める優秀なエンジニアだった。

技術力は高く、仕事は速い。

入社して早々、彼は個人成績でトップを走り始めた。

 

しかし、マネージャーの佐藤理恵は、彼の存在がチームに与える、別の側面に気づいていた。

 

「高橋くん、この間の仕様変更の件、葉山さんから何か聞いてる?」

 

「いえ、特に何も…。

僕が聞いても『自分の担当じゃないんで』って、教えてもらえなくて…」

 

高橋健太は、困ったように頭をかいた。

葉山は、自分の成果を上げるために、情報を同僚に共有しようとしない。

チーム全体の利益よりも、個人の「一番」でいることを優先する、過剰な競争心の持ち主だったのだ。

 

彼の周りだけ、空気がピリピリと張り詰めている。

助け合いの文化が根付き始めていたチームに、少しずつ、不健全な競争心が持ち込まれようとしていた。


第1-17-2話:“貢献”の新しいカタチ

 

葉山の個人プレーは、チームの生産性に、見えない影を落とし始めていた。

佐藤は、どうすれば彼にチームで働くことの重要性を伝えられるか、頭を悩ませていた。

 

その日の午後。

佐藤のPCに、『ワンチーム』からプライベートな通知が届いた。

 

『インサイト:葉山様の個人業績は高い一方、チーム内のナレッジ共有に関する貢献度は著しく低いレベルにあります。

この状態が続くと、チーム全体の連携が阻害され、将来的には生産性が15%低下するリスクが予測されます』

 

やはり、システムはお見通しだった。

続けて、驚くべき提案が表示される。

 

『提案:現在の評価指標に加え、新たに「チーム貢献度スコア」を導入してはいかがでしょうか。

このスコアは、「他メンバーからの感謝リアクション数」「レビューでの指摘・改善提案数」「ドキュメント作成・更新数」を元に算出されます。

個人の成果だけでなく、チームへの貢献を可視化することで、健全な協業を促します』

 

佐藤は、その提案に静かに頷いた。

葉山を罰するのではない。

評価の「ものさし」を、チーム全員がもっと幸せになれるものに変えるのだ。


第1-17-3話:“一番”の本当の意味

 

 新しい評価制度が導入されてから数週間。

葉山は、自分の「チーム貢献度スコア」が、チーム内で最低レベルにあることを、冷静に受け止めていた。

 

そんなある日、高橋が、ある技術的な問題で一人、頭を抱えていた。

その姿を見かねた葉山は、おもむろに彼のデスクにやってきた。

 

「…高橋くん、そこは、この関数を使った方がシンプルになる。

貸してみろ」

 

ぶっきらぼうな口調は変わらない。

だが、彼は、驚くほど丁寧に、高橋に解決策を教え始めた。

高橋が「ありがとうございます、葉山さん!」とチャットで感謝のメッセージを送ると、葉山のPCに通知が届き、「チーム貢献度スコア」が、少しだけ上昇した。

 

その日を境に、葉山は、少しずつ変わっていった。

彼は、自分の知識を共有することが、結果的にチームの生産性を上げ、そして、自分の評価にも繋がるという、新しい「ゲームのルール」を理解したのだ。

 

何より、同僚からの「ありがとう」という言葉が、これまでの自己満足とは違う、温かい充足感を彼に与えてくれることに、彼は気づき始めていた。