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2-2:あなたのための“近道”


第2-2-1話:急いでいる、お客様

「@SHOP」を使い始めてから、一週間。

 

星野文具店には、ぽつり、ぽつりとだが、今まで見かけなかった新しいお客さんが訪れるようになっていた。

彼らは皆、スマートフォンの画面を片手に、「この棚が見たくて」と目的の場所へまっすぐ向かってくる。

 

その日も、昼休みだろうか、スーツ姿の女性が慌ただしく店に駆け込んできた。

 

「すみません! 急いでるんですけど、お祝い用の、ちょっと良いご祝儀袋ってどこにありますか?」

「はい、こちらです!」

 

文はにこやかに、店の奥にある慶弔用品の棚へ案内する。

女性は「助かったわ、ありがとう!」と言って、お目当てのものをさっと買って、風のように去っていった。

 

お客さんが来てくれるのは、本当に嬉しい。でも…。

(もっと分かりやすければ、お客様もあんなに焦らなくて済むのに…)

 

文は、自分の店の雑然とした配置を思い、少しだけ申し訳ない気持ちになった。

彼女の店は、じっくり見て回るには良いかもしれないが、急いでいる人には少し不親切なのだ。

 

その夜、店じまいをしながら、文はスマホの「@SHOP」に、今日の出来事を話してみた。

 

「ねえ、@SHOP。今日、お客様をちょっと歩かせちゃった。お店がごちゃごちゃしてるから…」]

 

すると、穏やかな声が返ってきた。

 

「星野さん、お疲れ様です。

お客様を想う、優しいお気持ちですね。

それでしたら、お客様がお店で迷わないように、簡単な『店内マップ』を作ってみませんか?」

 


第2-2-2話:指先でつくる、優しい地図

「え、マップなんて、私に作れるかしら」

 

文が不安そうに呟くと、@SHOPは自信ありげに答えた。

「もちろんです。

とても簡単ですよ。

私が、登録済みの棚の写真を並べてみますね」

 

画面に、昨日までに撮影した「棚の写真」が、カードのようにふわふわと浮かび上がった。

見慣れた自分の店の風景なのに、こうして並ぶとなんだかお洒落に見える。

 

「では、お店の入口から見て、一番右側にある棚はどれですか?

その棚の写真を、指で教えてください」

 

文が『子供向けの、わくわくする文房具』の棚の写真を指で触れると、その写真がすっと画面の右端に移動した。

 

「ありがとうございます。では、そのお隣は?」

「ええと、『和紙便箋の棚』よ」

 

文が答えるたびに、棚の写真が順番に並んでいく。

まるで、お店のミニチュアを組み立てているようだ。

子供の頃に遊んだ、ドールハウスを思い出す。

なんだか、すごく楽しい。

 

大まかな配置が終わると、@SHOPが言った。

 

「ありがとうございます。あとは、指で動かして、実際の場所と合うように微調整してくださいね」

 

文は、少しずれている写真を指でスライドさせたり、回転させたりした。

数分後、そこには、誰が見ても分かりやすい、星野文具店の可愛らしい店内マップが完成していた。まるで、自分だけの親切な案内図みたいだ。

 

「わあ…」

 

文は、思わず感嘆の声を漏らした。

これなら、誰でも、きっと迷わない。

 


第2-2-3話:あなただけの近道

数日後のこと。

 

再び、昼休みの会社員らしき男性が、息を切らしながら店に駆け込んできた。

 

「すみません、急いでまして…!」

 

男性は、スマホの画面を一瞥すると、迷うことなく一直線にレジ横の棚へ向かい、目的のボールペンの替え芯を手に取った。その動きは、あまりにスムーズだった。

 

彼がレジに差し出したスマホの画面には、文がこの間作ったばかりの、あの店内マップが表示されていた。

彼の現在地を示す小さな青い丸が、目的の棚の上で点滅している。

 

「マップ、すごく分かりやすいです!

時間がなくてもすぐ見つかるから、本当に助かります」

 

そう言って爽やかに笑う男性に、文は「お役に立ててよかったです」と心から応えた。

 

自分の店が、ただ古いだけの場所ではなく、忙しい誰かのための「優しい近道」にもなれる。

その新しい発見に、文の心は温かい光で満たされていた。

 

閉店後。

文が@SHOPを開くと、いつもの優しい声がした。

 

「星野さん。

今日、あなたの作ったマップが、二人のお客様の貴重な時間を守りましたよ」

 

文は、静かに微笑んだ。

この不思議なアプリは、ただお店の情報を発信するだけじゃない。

お店と、お客さんの心。

その両方に、そっと寄り添ってくれる存在なのだ。