· 

1-13:オフィスの“最適解”


第1-13-1話:“席”のない金曜日

株式会社テックフォレストでは、最近、流行りのフリーアドレス(自由席)制度が導入された。

聞こえは良いが、その実態は、単なるコスト削減のための座席数削減だった。

そして、その歪みは、多忙を極める金曜日の午後に、いつも現れる。

 

クライアントとの打ち合わせを終えて帰社した高橋健太は、愕然とした。

オフィス内に、空いている席が一つもないのだ。

仕方なく、彼は休憩スペースの隅にある、腰の高さほどしかないカウンターテーブルにノートPCを広げた。

ひっきりなしに人が通り、雑談の声が飛び交う。

集中できるはずもなかった。

 

一方、マネージャーの佐藤理恵も、頭を抱えていた。

 

部下との緊急かつ機密性の高い一対一の面談が必要なのに、社内の個室や会議室が、すべて予約で埋まっている。

彼女は予約システムを睨みつけながら、溜息をついた。

10人用の大会議室の予約者が、たった一人になっている。

きっと、リモート会議のために、広い部屋を一人で占拠しているのだろう。

 

「フリーアドレスなのに、自分の席がない」

「会議室がなくて、大事な話ができない」

 

そんな不満が、チームの生産性と士気を、じわじわと蝕んでいた。

最新の制度が、逆に、社員たちのストレスの源泉となっていたのだ。

 


第1-13-2話:“空気”を読む空間

佐藤が、総務部にオフィス環境の改善を訴えようかと考えていた、その時だった。

彼女のPCに、『ワンチーム』から「インサイトレポート」が届いた。

 

『オフィス環境の最適化に関するご提案』

 

レポートを開くと、そこには、驚くべき分析結果が、美しいグラフと共に表示されていた。

 

(『ワンチーム』は、社内のWi-Fiアクセスポイントへの接続データや、会議室の予約履歴などを、個人が特定されない形で、常に解析していたのだ)

 

【分析結果】

1.座席について:

「金曜日の14時~16時の時間帯、座席占有率は115%に達し、慢性的な座席不足が発生しています」

2.会議室について:

「10人用の大会議室Aの予約のうち、80%が、利用者1~2名によるものです。

一方、2人用の個室ブースは、常時98%の稼働率に達しています」

3.動線について:

「開発チームが集中すべきエリアを、営業部のメンバーが頻繁に横切っており、会話による集中阻害が発生していると推測されます」

 

そして、レポートは、明確な解決策を提示した。

 

『推奨アクション:新しいオフィスレイアウト案

1.フリーアドレス席を15%増設。

2.大会議室Aを、3つの個室ブースに分割。

3.メイン通路を、開発エリアを迂回するルートに変更。

このレイアウト変更による生産性向上効果のシミュレーション結果を添付します』

 

それは、社員たちの声なき不満を、データという声で代弁した、完璧な提案書だった。 


第1-13-3話:“居場所”のあるオフィス

総務部と経営陣は、『ワンチーム』が提示した、客観的なデータと費用対効果のシミュレーションを前に、即座にオフィスの改装を決定した。

 

週末をかけて行われた工事の後、月曜日に出社した高橋たちは、生まれ変わったオフィスの姿に目を見張った。

 

デスクの数は十分にあり、もう「席取り合戦」をする必要はない。

窓際には、誰にも邪魔されずに集中できる「フォーカス・ゾーン」が新設されていた。

そして、以前の大会議室があった場所には、防音仕様の小さな個室ブイスが、いくつも並んでいる。

 

その週の金曜日。

高橋は、「フォーカス・ゾーン」で、驚くほど静かな環境の中、自分の仕事に没頭していた。

佐藤は、予約が簡単にとれた個室ブースで、部下と安心して面談を行っている。

休憩スペースは「コラボレーション・ゾーン」と名付けられ、活発な会話が推奨される、賑やかな空間になった。

 

誰もが、その時の自分の仕事に合った、最適な「場所」を選べるようになっていた。

 

高橋は、終業時刻に、すっきりと片付いたデスクから立ち上がった。

一週間働いた後なのに、以前のような疲労感がない。

 

彼は、新しいオフィスを見渡す。

そこにあったのは、単なる物理的な快適さだけではない。

会社が、そしてシステムが、自分たち一人ひとりの働き方を理解し、尊重してくれているという、確かな安心感だった。

 

誰もが、自分の「居場所」を見つけられる。

そんな優しい空間に、高橋は、初めて自分の会社を「好きだ」と、心から思うのだった。