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1-4:君だけの家庭教師


第1-4-1話:配属初日の“壁”

株式会社テックフォレストに、新入社員の伊藤葵さんが配属された。

OJT(実務研修)担当に任命されたのは、プログラマーの高橋健太だ。

 

「伊藤さんの担当は高橋くんにお願いするわね」

 

マネージャーの佐藤理恵からそう告げられ、高橋は「はい」と頷きつつも、内心少し戸惑っていた。

人に教えるのはあまり得意ではない。

佐藤は、そんな高橋の気持ちを察してか、こう付け加えた。

 

「大丈夫。『ワンチーム』が、高橋くんのサポートもしてくれるから」

 

高橋は、伊藤さんに最初のタスクとして、社内ツールの軽微なバグ修正を割り当てた。

本番のシステムに影響のない、まさに新人のためのタスクだ。

それでも、初めて「仕事」を与えられた伊藤さんは、期待と、それ以上に大きな不安を胸に、自分のデスクでパソコンを開いた。

作業を始めて、一時間ほど経った頃。伊藤さんの指が、完全に止まった。

 

バグの原因となっているであろう、古いコード。

コメントも少なく、書いた人はもう会社にいない。

何がどう動いているのか、全く理解できない。

周りの先輩たちは、皆、自分の仕事に集中している。

OJT担当の高橋さんも、何やら真剣な顔でディスプレイを睨んでいる。

(どうしよう…。こんな簡単なことも、質問していいのかな…)

 

誰にも聞けず、ただ時間だけが過ぎていく。

配属初日にして、早くも「できない社員」の烙印を押されてしまうのではないか。

そんな孤立感と焦りが、彼女の心を支配し始めていた。

 


第1-4-2話:先輩の“ささやき”

高橋は、自分の仕事に集中しながらも、伊藤さんの様子が気になっていた。

先ほどから、明らかに手が止まっている。

声をかけるべきだろうか。

でも、自分で考える時間も大切だ。

下手に口出しをして、彼女のプライドを傷つけたくない…。

 

高橋が、指導の難しさに頭を悩ませていた、その時だった。

 

彼のPC画面の隅に、『ワンチーム』から、彼だけに見える通知がポップアップした。

 

『インサイト:伊藤様の作業が、30分以上停止しています。ログを分析した結果、「ユーザー認証のロジック」で躓いている可能性が高いです。

これは、新人にとって一般的なハードルです』

 

続けて、こう表示された。

 

『提案:このロジックを理解するための、伊藤様専用の学習コース(所要時間30分)を生成しました。

【資料リンクはこちら】

彼女に「この資料が分かりやすいから、参考にしてみたら?」と、高橋様から伝えてみてはいかがでしょうか』

 

高橋は、その提案に目を見張った。

AIは、直接伊藤さんを助けない。

あくまで、OJT担当である自分を「サポート」する役に徹しているのだ。

彼はリンクを開き、生成された資料の分かりやすさに感心すると、静かに席を立った。

 

「伊藤さん、どうかな?

…ああ、やっぱりそこの認証ロジック、ちょっと複雑で難しいよね。

俺も新人の時、ここで半日悩んだよ」

 

高橋は、できるだけ優しい声で話しかけた。

 

「たしか、いい資料があったはずだ…。

あ、これこれ。この解説ページが分かりやすいから、一回読んでみたら?

急がなくていいからさ」

 

彼は、そう言って、『ワンチーム』が生成した資料のリンクを、自分のチャットから伊藤さんに送った。

 

伊藤さんの目に、みるみる安堵の色が広がっていく。

忙しいはずの先輩が、自分の状況に気づいて、しかも共感してくれた。

そして、的確な解決策まで示してくれた。

 

「…!ありがとうございます!読んでみます!」

 

孤立感は、一瞬で消え去っていた。

 


第1-4-3話:優しさの“連鎖”

高橋が教えてくれた資料のおかげで、伊藤さんは、あれほど分からなかったロジックを、嘘のようにすっきりと理解できた。

そして、その日のうちに、初めて自分の力で、バグを修正することができたのだ。

 

彼女の心は、確かな達成感で満たされていた。

終業後、高橋が伊藤さんの元へ行き、進捗を確認する。

 

「おお、すごいじゃないか、ちゃんと動いてる。

一日でここまでやるとは、大したもんだよ」

 

高橋が素直に褒めると、伊藤さんは、はにかみながら深々と頭を下げた。

 

「高橋さんが、あの時、声をかけてくださったおかげです。本当に、ありがとうございました」

 

そのストレートな感謝の言葉に、高橋の胸が温かくなる。

人に教えるのは苦手だと思っていた。

だが、部下の成長を間近で見ること、そして、感謝されることが、これほど嬉しいことだとは知らなかった。

 

高橋は、自分のデスクに戻ると、『ワンチーム』の画面を開いた。

そこには、伊藤さんのスキルマップに、新しく「ユーザー認証(基礎)」という項目が、淡い光を灯して追加されていた。

(俺が彼女を育てて、彼女が会社に貢献して、そして、俺も育っていく…)

 

システムは、人と人の間に立つのではない。

人と人の間に、温かい繋がりの「橋」を架けてくれる存在なのだ。

高橋は、そのことに気づき、静かな感動を覚えていた。

この会社には、確かな優しさが循環している。

案外、世界は、そんな風にできているのかもしれない。