第1-1-1話:すれ違う“配慮”

20X5年10月、株式会社テックフォレスト。
プロジェクトマネージャーの佐藤理恵は、山積みの課題を前に、こめかみを軽く押さえた。
彼女は自分のチームを愛しているし、メンバー一人ひとりの能力を最大限に引き出したいと、常に願っている。
しかし、複数のプロジェクトが同時に動く現実の中、個々のケアまで手が回らないことに、歯がゆさを感じていた。
「…というわけで、この『顧客管理システムのDBサーバー移行』、高橋くんにお願いしたいんだけど、いいかな?」
佐藤が声をかけたのは、プログラマーの高橋健太だった。
彼は、真面目で実直な性格で、与えられた仕事は必ずやり遂げる。
少し主張が苦手なところはあるが、この責任感の強さがあれば、この重要なタスクも乗り越えてくれるはずだ。
それが、佐藤の彼に対する「配慮」と「期待」だった。
「…はい。がんばります」
高橋は、緊張した面持ちで短く答えた。
本当は、データベースの深い知識を要するこのタスクが、自分の得意分野ではないことに気づいていた。
だが、期待をかけてくれた上司をがっかりさせたくない、という想いが口を閉ざさせた。
その日から、高橋の苦闘が始まった。
彼は、言われたからにはやり遂げようと一人で抱え込み、連日遅くまで残業を繰り返した。
しかし、作業は全く進まず、焦りとストレスだけが、雪のように降り積もっていく。
一方、このタスクの最適任者であるベテランエンジニアの鈴木守は、別の単純な保守作業を割り当てられており、定時きっかりに静かに会社を後にしていた。
佐藤の「配慮」は、チーム内で、静かに、そして残酷にすれ違っていた。
第1-1-2話:データがささやく“最適解”

数日後。
マネージャーである佐藤は、プロジェクト管理ツール『ワンチーム』のダッシュボードを見て、眉をひそめていた。
DBサーバー移行タスクの進捗バーが、ほとんど動いていない。
高橋くんは、あんなに頑張っているのに。
私の判断が、彼を追い詰めてしまっているのだろうか…。
彼女が自分の判断ミスに気づき、どうしたものかと頭を抱え始めた、その時だった。
画面の隅に、『ワンチーム』から、彼女だけに見える形で、通知がそっと表示された。
『提案:タスク「顧客管理システムのDBサーバー移行」について。
現担当者(高橋健太様)の進捗では、完了に10日以上の遅延が予測されます。
一方、社内スキルマップの分析によると、鈴木守様のスキルセットが本タスクに98%合致しており、担当変更した場合、2日以内に完了する見込みです』
「……!」
佐藤は、そのあまりに的確な分析に息をのんだ。
これは、彼女への批判ではない。
ただ、客観的なデータに基づいた、プロジェクトを成功させるための、この上なく合理的な「提案」だった。
翌日、佐藤は高橋と鈴木を会議室に呼んだ。
「高橋くん、DB移行の件、大変だったわね。
本当にありがとう。
ただ、全体の状況を見た上で、私が判断を間違えていました。
ごめんなさい。
ここからは、スペシャリストである鈴木さんにお願いしようと思います」
そして彼女は、高橋に向き直って続けた。
「代わりに、高橋くんのセンスが絶対に活きる、新しいUIデザインのタスクをお願いしたいの」
高橋の顔に、みるみる安堵の色が広がっていく。
自分の能力不足を責められたわけではない。
もっと輝ける場所を、会社が用意してくれたのだ。
鈴木もまた、自分の専門性を頼りにされたことに、静かに、しかし強く頷いた。
データが示した「最適解」は、誰のプライドも傷つけることなく、チームをあるべき姿へと導いた。
第1-1-3話:優しさが循環する場所

担当者が代わったDBサーバー移行タスクは、ベテランの鈴木の手によって、驚くほどあっさりと完了した。
一方、高橋もまた、得意なUIデザインの仕事で、水を得た魚のようにその才能を発揮し、チームに貢献することで、失いかけていた自信を取り戻していった。
プロジェクトが再び円滑に回り始めた金曜日の昼。
「佐藤さん!」
声をかけてきたのは、すっかり明るい表情になった高橋だった。
「最近、チームの雰囲気がすごく良いので、もしよかったら、今日、みんなでランチでも行きませんか?」
その言葉に、周りのメンバーたちも「いいね!」「行きましょう!」と笑顔で賛同する。
会社近くのイタリアンレストラン。
パスタを頬張りながら、メンバーたちは仕事以外の、他愛もない話で盛り上がっている。
佐藤は、その光景を眺めながら、静かに思う。
(これが、私が本当に作りたかったチームの姿だ)
マネージャーの思い込みではなく、客観的なデータが、それぞれの「得意」を正しく見つけ出し、繋いでいく。
そうして生まれた心の余裕が、人と人との間に、自然な優しさを循環させる。
佐藤の心は、確かな手応えと、温かい充足感で満たされていた。
彼女は、この賢いITシステムが示してくれる未来に、素直な期待を寄せるのだった。
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